アマチュアのすすめ

アマチュアは未熟?

「君ってアマチュアだね」

と言われて良い気分になる人はいないだろう。

なぜならアマチュア=未熟者

という解釈が浸透しているからではないだろうか。

ハイアマ?

そういったネガティブな響きを嫌ってか、日本ではアマチュアでも高い技術を持っている人を特にハイアマ(ハイ・アマチュアの略)と呼称する。

「私はハイアマです。」といった場合

“私はアマチュアですが、高い技術を持っていてプロと同等の写真を撮るんですよ。アマチュア(未熟な人、初心者)ではありませんよ”

という気持ちが含まれるとみて良い。

その反対に“ローアマ” とは言う言葉はない。

“このハイアマ”という表現、写真業界独特の表現ではないか?

“あの人のピアノの腕はハイアマよ”  “私はハイアマ・ランナーです”などとは聞いたことがない。

ちなみに海外では High-Amateur とは言わず、Highly-skilled hobbyist(高い技術を持って趣味に高じる人), Enthusiasts (熱心な人) などということが多い。

The Warrior by Yoshihiko Wada on 500px.com

私の初期アマチュア時代の作品”The Warrior (2012)”。 HDR処理。

アマチュアの語源

実はこのアマチュア”Amateur” という単語、語源はラテン語の “amator(愛する人)” からきている。

別段そこに”未熟な人”や”技術がない人” などという意味は含まれていなかった。

しかし、そこに徐々に、趣味でやっている、本業ではない=本業でやるほど技術がない(のではないか)

などという意味が加わっていき、本来の意味で使われることは少なくなりアマチュア=未熟 という意味で使われることが多くなった。

Amateur ≒ Un-Mature ?

ところで英語に “mature” (円熟した、成熟した、大人びた) という単語がある。

例:He is mature. 彼は成熟している。

それに否定を表す接頭語”un”をつけると

un-mature →成熟していない、未熟な

という “Amateur” と響きが似ている単語になる。

これは私の仮説であるのだが、実際に私は長い間この

アマチュア= Un-Mature だとずって思っていたのっであった。

しかしながら 英語でアマチュアは
“Amateur ”であり ”Unmature” ではない。またそういった単語もない、と知って少々驚いた経緯がある。

海外フォトコンにおけるアマチュアとプロの違い

海外写真コンクールには多くの場合、Professional 部門、Amateur部門に分けられている。最近では”Amateur”の代わりに”Non-Professional”と表記するコンペも増えてきている。

“Amateur”各部門と“Pro”部門の受賞作品を見比べても、アマチュアとプロに作品のクオリティの差があるようには見えない。

特にデジタル全盛のこの時代、使っているカメラ、機材に関していえば、アマチュアとプロではほぼ差はないし(時にはアマチュアの方がより高価な機材を使っている場合さえある)、撮影技術や、ポストプロセスの方法についても情報が豊富な今、熱心なアマチュアはプロをも凌駕するほどだ。そう、それこそ今や ”Amateur”=未熟 ということではないのだ。

実際、腕に覚えのあるアマチュア(ノンプロ)写真家はプロカテゴリーにエントリーしていて、多くのアワードも受賞をしている。そう考えると「プロ」部門とうたってはいるが、実情は誰でもエントリーできる「オープン」カテゴリーといえなくもない。

ただ私の意見としては、プロ部門は、日々写真で生活をしている、プロ写真家の将来のクライアントへのプロモーション活動、宣伝の場所だとも思うのだ。

だからこそ、多くの写真カテゴリーが用意されているのだし、それに特化したプロが自分をアピールする場として利用しているのだと思う。

実は以前は私もプロ部門でエントリーしていたころもあったのだが、

私は写真で日々の糧を稼いでいるわけでもないし、将来プロの写真家を目指しているわけでもない。そのような考えから、最近は素直に“Amateur” もしくは“Non-Professional” 部門でエントリーすることにしている。

アマチュアはアマチュア部門、プロはプロ部門にエントリー、シンプルに考えてはいかがだろうか。

アマチュアの特権

私は自分の作品を納得のいくまで時間をかけて制作している。

撮影自体も、長時間露光、パノラマという時間のかかるスタイルのため同じ撮影地にほぼ半日は留まることも多い。

撮った作品にたいするポストプロセスにも、早いもので2週間ぐらい、なかには納得がいく作品に仕上げるまで一年以上かかるものもある。

アマチュアであるがゆえに、その作品の制作に対してどれだけ時間をかけようと誰にとやかく言われない。義務もないし責任もない。どんな被写体、テクニックに特化して作品を作ってもかまわない。プロであれば〆切があり、依頼主の求める作品を撮らなければならない。そうではない独自性を重んじられ自らの作品を売って生活できるアーティストは稀有な存在だ。

NIKON, CANON, TOSHIBA, カメラだって、道具だって何を使ってもいい。スポンサーのメーカーに縛られることはない。

まさに、この制約がないことがアマチュアの特権だと思う。

アマチュアを楽しむ

趣味で写真を楽しんでいる者、写真を始めたばかりの初心者、高い技術を持ったいわゆるハイアマ、そしてその中には将来プロ写真家になる人もいるかもしれない。

しかし今現在我々はアマチュアなのである。

ならば今はアマチュアであることを楽しみ、アマチュアであることを誇りを持とうではないか。

“自分”が好きな被写体を撮り続けよう。

“自分”の思い浮かべる情景を追い続けよう

わがままだっていい。妥協は必要ない。誰かに媚びる必要もない。

アマチュアにしかできないことにチャレンジしよう。失敗を楽しもう。

そこにはプロじゃない、アマチュアだからこそ撮れる写真があるはずだ。

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